自動記述による文章練習(メイン記事)

足がしびれて

 ←来年産まれる弟の子供が男の子だったら →目が回る
 足がしびれて 「あー足しびれたー!」と心のなかで叫びながら ヨタヨタあるいた ヒール音が聞こえたから一応みてみると なかなかの後ろ姿美人だった 今日は母が街で寿司とタコの帽子を買ってきたから 夕食の支度が超ラクだ といっても いい加減いろいろ準備をしなければならない いつからか ぼくはタコのことを「タコちゃん」と呼ぶようになった しかし「今日はタコちゃんだよ」といっても 妻は無反応である タコよりイカが好きだから――というわけでもないだろうが 妻のその無反応が ぼくはちょっと気持ち悪く感じることがある というのも 「〇分のバスにのるもり」という妻からのメールに 「もり」とぼくが返すべきところを 「めり」と間違って返信したときに 妻がやたら大はしゃぎしたから――つまり「それなのに」という理由だ いや それもちゃんとした理由にはなっていない テレビで藤倉大が作曲したという三味線を聴いて やっとこの人の凄さをわかったような気がした もっとずっと聴いていたいと思った しかしやがて演奏は終わってしまい ぼくは布団を敷いてから 電気ストーブのスイッチを切って コンセントも完全に抜いた そうしておかないと 夜中に妻がストーブのスイッチを寝呆けていれてしまうからだ 10月から毎月の電気代が1万円を超えている これが落ち着けば少しは楽になる 妻のパソコンがなかなか終わらない さっきぼくが買い物にいっているあいだに済ませてほしかったというのは ぼくの勝手な言い分である というのもパソコンは妻のものだからだ ぼくのパソコンは2カ月くらい前に壊れてしまった 買い物にいく途中に桂木の店の中を覗き見ようとしたが 桂木らしき奴がこっちを向いていた気がしたから ぼくは咄嗟に目をそらした 桂木の家のまえには木製の短い橋があった その橋の下の川沿いにあった足場を歩いている夢の中で その川沿いに実際にはなかった たくさんの小枝でかまくらのように模った基地があって ぼくは夢の中のその基地の中で 桂木と公平と3人で遊んだ 桂木はサラミ 公平はラムネ ぼくはチョコボールをそれぞれ食料としてもってきていた 基地の出口からは病院の裏側がみえて そこは廊下になっていた ときどき医者か看護師がそこを通るのを見かけると ぼくたちは慌てて基地の奥に体を詰めた 病院の正面側にある道路をわたるとススキの大群がある ススキの大群の横には横内整骨院というのがあって そこの娘とぼくたちは同級生だった 横内はあまり可愛くはなかったが 超巨乳だった 運動会の徒競走で横内が最後の直線を走ってくるとき その乳揺れを目に焼きつけようと 多くの男子がゴール前に集まっていた 横内整骨院の隣には 女子高生をレイプして逮捕された祐二の家があって その目の前の空き地で ぼくは祐二と祐二の弟と三人で ピンク色のスライムを投げ合って遊んだ 祐二の家の真裏はすぐ砂浜になっていて ある日そこに激しい波が打ち寄せてきたとき ぼくは体を大の字に構えて その波を10回以上受け止めた 確か小学三年のときだったと思う 猪木が転校してきたのも小学三年の終わり頃だった そのあと四年に進級するときのクラス替えで 「同じクラスだってよ、やったな!」と猪木にいわれたぼくは その日はじめて猪木と一緒に帰った 猪木は見た目は普通だったが やたらケンカが強かった 猪木と川谷が取っ組み合いのケンカをしたとき ぼくは二人の目の前で体育座りをしながら爪を噛んでいた そうやって爪を噛んでいるからしょっちゅう口内炎になるんだ!と両親にいわれても 爪を噛む癖はなかなか直らなかった ぼくは口内炎の患部に「ケナログ」というちょっとザラザラした感じの軟膏薬をぬった 患部が口の中のほかの部位にあたるのを防いでくれたケナログは ある意味それだけで即効性があった ぼくは口の中のケナログが溶けてなくなるたびに 新たにケナログをぬった ケナログはチューブのノリに「アワ」とか「ヒエ」を砕いたものを混ぜたような味がすると思ったが チューブのノリはもちろん「アワ」や「ヒエ」もぼくは食べたことがなかった 2年くらい前に頬の内側に口内炎ができたとき ぼくは20年以上ぶりにケナログと再会した 味はあまり変わっていないような気がした ケナログが発売される前までは 赤紫色の液状の薬を口内炎の患部にぬっていたが それはかなり沁みて痛かった 水疱瘡の軟膏薬は服に引っ付いて気持ち悪かった いつも行っていた佐々木小児科には大きい水槽があった 水槽の中には風車があって その周りを泳いでいた魚の体は透明で 内臓の一部が透けてみえた 下駄箱がある正面玄関と院内とを区切る自動ドアの角には 「ミルミル」しか入っていない冷蔵庫があった 床は真っ黄色でツルツルしていた 下駄箱がある正面玄関はだいたいいつも電気がついていなかった 正面玄関から外に出たところの駐車場でブッチをみつけたぼくは そのままブッチを抱きかかえて 半壊したわが家をみせながら 「ここはもうお前の家じゃない いや あとからまたお前の家になるけどいまは違う」みたいなことを口でいったが もちろんわかってくれず その後もブッチは夕方になるといつも小児科の駐車場にいた 取り壊した家から仮住まいのアパートまでは目と鼻の先だったが 道路を渡らなければならなかった たぶんそれがブッチにとって一番の障害だったと思う それでもしばらくして 仮住まいのアパートまで帰って来られるようになってから 新しい家が完成して またもとの場所に戻ることになった だから今度はアパートの近くまでブッチを迎えにいって もとの場所に戻ることを覚えさせようとしていたら その途中にブッチは車に轢かれてしまった といっても 普通に歩けるくらい体のほうは全然なんともなくて 片方の目が飛び出てしまっただけ……と そう言ってしまっていいのかは微妙だが とにかくそうなってしまったブッチを ぼくは今までのように抱きかかえることはやっぱりできなくて そもそも両親がブッチに触ることさえ許してくれず やがてブッチは萱野茶屋(かやのちゃや)にいる人に引きとってもらうことにして そうしたと ある日父がいった でも確か萱野茶屋は 長生きするお茶がある有名な観光スポットというだけで 父がいったような障害をもった動物を引き取ってくれる施設なんて見たことも聞いたこともなかったから もしかしたらブッチはその辺りに捨てられたのかもしれないと思った それからぼくは何度かブッチの夢をみたが 夢の中のブッチは両目ともちゃんとしていた 「ブッチ」という名前は一応ぼくが名付けたことになっていたが 母がブッチをはじめて家につれてきたときに「ブッチだよー」といったように聞こえたから 「ブッチっていう名前なんだ……」と思っただけで でも母はそんなことは一言もいっていないといった そのまえに飼っていた猫は「タロウ」という名前で それは誰が付けたのか そもそもタロウがいつ死んでいなくなったのかも憶えていない タロウもブッチも放し飼いにしていたから ずっと家の中にいたわけではなかったが 家の近所の目がつくところにはだいたいいつもいて 夕方のはやい時間には必ず家に帰ってきた 去年の夏 ブッチが連れていかれたという萱野茶屋(かやのちゃや)に隆司と行ったとき ぼくはブッチのことを思い出さなかった 隆司は彼女と別れようかどうか真剣に悩んでいた そういえば隆司の彼女とはじめてあった池袋の居酒屋で 久しぶりに軟骨の唐揚げをたべたことをぼくは思い出した しばらくして隆司が海に行こうといったから 高校のときにいつも二人でタバコを吸っていた岸壁にいった 「あの頃の自分がもし今そこにいたらどうする?」と聞いたら 「海に突き落とすよ!死んでもらう!」と隆司は笑いながらいった 

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